「がんばれ」と言われるのが苦手だった
もう十分がんばっている人に、必要な言葉
昔から「がんばれ」と言われるのが苦手でした。
たぶん、中学生のころからです。
学校が終わると家に帰り、すぐに塾へ行きました。
塾が終わると、今度はスイミングです。
家に帰るころには、もう一日が終わっていました。
母は、よく「がんばれ」と言っていた気がします。
もちろん、応援してくれていたのでしょう。
悪気がないこともわかっています。
それでも、言われるたびに思っていました。
もう、がんばっているのです。
学校にも行っています。
塾にも行っています。
スイミングにも行っています。
これ以上、何をがんばればいいのだろう。
「がんばれ」と言われると、
「今のままでは足りない」
と言われているような気がしました。
もっと勉強しなければいけないのか。
もっと速く泳がなければいけないのか。
もっと一生懸命な姿を見せなければいけないのか。
子どもの私は、うまく説明できませんでした。
ただ、「がんばれ」と言われるたびに、少しだけ苦しくなりました。
大人になった今なら、母の気持ちもわかります。
子どもを応援したかったのでしょう。
うまくいってほしかったのでしょう。
私も子どもに、応援するつもりで「がんばれ」と言いそうになります。
でも、言われた相手が、これからがんばる人とは限りません。
もう十分がんばったあとかもしれません。
誰にも見えないところで、何とか踏ん張っている途中かもしれません。
「がんばれ」が力になる日もあります。
ただ、もう力が残っていない人には、重くなることもあります。
そんな人に必要なのは、
「もっとがんばれ」
ではなく、
「もう十分がんばっているよ」
という言葉なのかもしれません。
昔の私も、本当はそう言ってほしかったのでしょう。
だから今は、誰かに「がんばれ」と言う前に、少しだけ考えるようにしています。
その人は、もう十分がんばっているかもしれないから。




足りないからいわれてるとヒイラギさんが感じる感じ方、わたしもわかるなぁと思いました🌱
わたしは、子どもたちに「がんばってるね」「がんばったね」と言うことにしています😊でもつい緩んで「がんばってね」って言ってしまってたかも‥😅
がんばれという言葉を他人に言わないことにしています。そもそも、がんばるという四文字の音があまり好きではありません。”が”と”ば”という濁音がきれいでないし、その間に“ん”という音が入ると押しつけがましく響きます。